『白い部屋』
就業してより無遅刻無欠席、酒はほどほど、煙草は1日2本、ブロンはやめた。
穏やかな土地で暮らし、素敵な彼女と毎日やり取りし、充足した生活を手に入れ、
夢を見た。真っ白い夢。
徐々に輪郭が浮かび上がって、四畳半の一室にぼくはいるとわかった。
白くて小さな部屋。
ここはどこだろう、と部屋を探し歩いてもなにもみつからない。
なにもない。
白い壁は案外柔らかくて、押してみると優しく押し返される作りになっていた。
なにもないまま。
助けを呼ぼうと声を出したがぼくにも声が聞こえない。のどは震えるが音にならない。
音もないのだと悟った。
しばらく経って、と言っても時間の感覚はとうに失われ、もしかすると数日が経ったのかもしれないが、まず腹が減らないことに気がついた。
それから髭も伸びない。爪も伸びない。
これはちょっとぼくの考えすぎで、怯えすぎで、実はそれほど時間は経過してないんじゃないのと、少し眠って時間を飛ばすために横になってみたが、どれだけ待っても一向に眠気がこない。嫌になる。
代謝というものがなくなっていると思い始めた。
この白い部屋は何も必要としていないから、一切合切が喪失しているのだろうか。
それならどうしてぼくはここにいるのだろう。
思考が間延びしていく。感情が鈍くなっていく。恐怖が薄らいでいく。
生きているのか死んでいるのか、わからない。
ぼんやりしながらそんなふうに思っていると、ふと、鋭い感情が沸きおこって、ぼくは唐突に頭を壁に打ち付けた。
柔らかいつくりになっている壁は、優しく包むように頭突きを受け止める。血の一滴も流されない。
それならばと手首の辺りを掻きむしってみても、綿を撫でているようで、少しも傷がつかない。
こんなときには泣くべきだろうと思ったが、涙がでない。
壁にだらりともたれかかって、深くうなだれているうち、こんな暮らしも悪くはないのだろうと思えるようになってきた。
だって、この空間は、平和で、穏やかで、ぼーっとしているだけでいいのだから、それが本来ぼくの求めるものだったのだから、
なにもない代わりに、ぼくを傷つけるもの、苦しめるもの、苛ませるもの、も全くないのだから、
目を覚ますと、いつもの部屋で毛布に埋もれるぼくがいた。
どうやら朝が来たようだ。
仕事へ行くために外へ出ると、真っ白な朝日が街を照らしていて、眩しさのあまりぼくは目を俯かせた。