『ウロボロス』

ぼくの眼前に漠然と横たわる無窮の時間。そして、時間を食らい、無を排泄する大蛇。大蛇の食欲旺盛さと言ったら途方もない。食っても食っても満ち足りぬようである。時間の無駄では、と疑問に思うが、かといって有効につかえる手立てもない。時間が食いつぶれるそのときまで、ぼくは黙ってみているほかなかった。

無限に思われた時間はあっという間に消え去り、大蛇は底を打った。残ったのは無何有郷の暗黒。戯れに鈍く光る大蛇の死体をつまみ上げ、口に放り込むと、ぼくも何かを食わずにはいられなくなった。しかし、此処にはなにもない。いや、あるじゃないか。鈍く光る右のてのひらを見つめてそう思った。恐る恐る齧ると、右腕だったものは瞬く間に咀嚼され、嚥下され、胃に納まった。しかし、満腹感が得られない。やってくるのは流砂のような飢餓感。ぼくは衝動を抑えきれず、ほとんど間を置かずに左腕を貪った。夢中だった。食べるということは存外に楽しかった。激痛や己を食べるというグロテスクさを差っ引いても有り余る食の快楽。左腕も食べ尽くしたぼくは、足先へと首を伸ばした。もはや、ぼくの身体は構造の制約を受けていないらしい。暗黒の齎す力によって外界と内界の境が破壊され、黒一緒くたにされた世界では、身体のつくりを留めることは難しいのかもしれない。とにかくぼくは足趾に食らいつき、脛を噛み砕き、筋肉を啜り、血に酔いしれた。ああ、実に楽しい。今なら大蛇の気持ちも知れよう。とにかく消し去りたいのだ。消し去って、消し去ったあとのことはどうでもいい。

いよいよ頸までを食べ尽くしたぼくは、最後に、裂けた口で大笑いして、ぼくの頭を丸呑みにした。