『ホラーショー』

仕事で疲れてしまってもう何も手につかぬ。酒を飲むことしかできぬ。今夜も酒を飲んで泥のように眠りこけるだけ。本当はしたいことがあったはずなのに。たとえば読書とか日記とか。え、それがお前のしたいことなの? 本当に? と自問すると、力強くは断言できぬ己の惰弱さに心底呆れ返るよ。ぼくはお前を呪います。お前なんか死ねばいい、ので、ぼくはさらに酒を呷ります。お前なんかどろどろに溶けてしまえばいいんだ、って、泥々となるのはぼくの身体なんですがっ。溶けてほしいのはお前の意気地なさであって、甘えた心であって、ぼく自身は泥々ではなく凛々としていたいのですがっ。けれど、お前は実体を持たない概念上の存在だから、お前を殺すにはぼくの身体に毒物を注射するしかない。如何ともしがたい状況だよなあ、って涙をはらりと零しながら、ぼくは酒を飲み続けます。内なるお前を殺すには、心中するしかないのだ、と思っているうち、なんだかお前が愛おしく思えてきました。愛憎半ば、悲喜こもごも、ぼくとお前との間には色々あったけれども、お前なくしてぼくはなかった、と今では思います。おや、お前も泣いているのかい? そうか、お前もお前で苦悩があったのだなあ。もう気張る必要はないんだよ。ぼくたちはこれで終わりなんだ。これで終われるんだ。缶に残った最後の一口を飲むやいなや、ぼくの身体はひっくり返りました。さようなら、さようなら、ぼくの魂。さようなら、さようなら、ぼくの身体。安らかな眠りに就くように、ぼくは意識を亡くしました。


明くる朝、脳がヒステリーを起こしたような頭痛で目が覚めました。意識が定まると、途端に猛烈な吐き気に襲われ、トイレでぜえぜえ吐き散らかしました。死神の前に立ったかのような悪寒、全身を蝕む倦怠感、どくどくと注ぎ込まれる気持ち悪さ、に、足をもがれたバッタのようにのたうち回っていると、遠くの方で、いや、すぐそばで声がしました。

「自業自得」

うわあ、これはお前の声です。にっくきお前の声です。普段はスカポンタンのくせに、こういうときだけ正論を言いやがる。ぼくと違って頭痛も吐き気もしないからって、他人事みたいに言ってからに! よし、決めました。これ以上我慢なりません。お前を殺してぼくも死にます。昨日みたいに酔った勢いで冗談を言っているのではありません。ぼくは本気だぞ、って、おや? なんですか、その狼狽えた態度は。ははん、お前もぼくに死なれては困るというわけだな。お前は所詮概念だからな。主導権はぼくにあるのだよ。わかったら、ぽくに付き従え、隷属されろ、お前はぼくの一部に過ぎない。ピピーッ、ここで試合終了です。勝利したのはウスズ選手です。それでは、勝利者インタビューに移りたいと思います。では、激闘を終えて、今のお気持ちは?
「えー、ここまで戦ってこられたのは、ぼくを見捨てず最後まで励ましてくれた家族、仲間、そして、グラウンドに集まって、ぼくを応援してくれたフォロワーの方々のおかげです。みなさんに勝利という最高の恩返しができて、ほっとしました。帰ったら寝ます(笑)」
と、そんな感じで再度眠りについて、目が覚めたら午前10:30。午前10:30? とっくに始業の時間を過ぎています。これは寝坊というやつですか? はい、そうです。うわあ、やってしまいましたなあ。スマホには何件も着信履歴が残っています。終わった。今さら、折り返し電話し、平身低頭平謝りしたところで、烈火のごとく怒られるのは火を見るより明らかで、もうなにもかも面倒くさくなっちゃったぼくは、無断欠勤することに決めました。今日のことは諦めました。明日のことは、うーん、まあ、考えなくてもいいかな? 明日は明日の風が吹くって言うし。そうと決まれば、もう一眠りしましょうか。


布団を被り直すと、ぼくはお前は鼻で笑った。そうだった。ぼくも負けず劣らずクズだったんだ。あはははは。