『肉人形』

 仕事が終わり、家に帰ると、不愉快な匂いが鼻についた。
 冷蔵庫を開けると、鶏肉が腐っている。料理なんかできるわけないのに、半額だからと気安く買ってしまった鶏肉が、腐って悪臭を放っている。
 処理手段を考えることも面倒に思え、とにかく見なかったことにして冷蔵庫の扉を閉めた。

 部屋はゴミで散らかっている。コンビニで買ったゴミがあちらこちらで山をなしている。
 ひとまず、テーブルを占拠するゴミを床にどかして、新たにコンビニで買ったゴミを置いた。
 ゴミは生姜焼き弁当の形を成している。
 箸を取り、封を開けて、そういえば冷蔵庫に缶ビールが残っていることを思い出した。疲れた身体を奮い立たせ、席を立ち、もう一度冷蔵庫の扉を開ける。すると、再び強烈な悪臭が戻って嫌でも気分が悪くなる。

 どうして、鶏肉は、有機的なものは、そこにあるだけで腐っていくのでしょう。形を留めることを許されないのでしょう。酷い話じゃないか、ずっとこのままでいられたらいいのに、って感情は、どうやら受け入れて貰えないらしいです。
 停滞は即ち腐敗で、死で、常に新鮮でいたくば革新を続けるほかない。欲しいものなんか一つもなくとも、新たなものを取り込み続けねばならない。そうなのだとしたら、生きることは大変なストレスです。
 成長、進化、と言えば聞こえはいいですが、それにはいつだって自己破壊が伴います。誰だって自分が傷つくのは嫌で、できればラクしたいと思っているのに、もがき苦しまなければ存在を保てないのだとしたら、世界とは残酷なものです。

 なんかもう嫌になっちゃった。そうだ、酒を飲もう、アルコールで酩酊して問題を先送りしよう、そうしよう、酒酒酒、って感じで缶ビールをごくごく飲み、弁当を喰い、すっかり出来上がってしまったぼくは、仕事の疲れも相まって、すべてがどうでもよくなってしまった。
 これではいけないと思いつつ布団に倒れ込むと、眠気らしいものがやってきた。
 風呂にも入らず、ゴミも片さず、このままでいいわけがないけれど、現状を変えなきゃいけないのはわかっているけれど、身体は痺れて動かない。心も、もうお前はそれでいい、と言っている。

 ぼくは多分、生きることに向いていないのだろうなあ。

「ぼくは肉の塊です。腐敗する肉人形です」
 少しは気が晴れるかと自虐してみたけれど、特段気持ちは変わらなかった。