『リビングデッド』
眠れないというのは最も恐ろしい悪夢で、悪夢にうなされた私は狂ってしまいました。自分の部屋がまるで墓地のように思え、ベッドはさながら棺のようです。意識が明瞭であるにもかかわらず、棺の中で身動きが取れない私は、まさにゾンビ。ゾンビというほかないでしょう。
何もしない、何もできない、意思がない、魂がない、存在意義がない身体に生きる喜びってあると思いますか? 私が感じ取れないだけですか? 少なくとも映画の世界のゾンビ共はちっとも楽しそうじゃないです。目的もなく彷徨い、人々を襲い、そんなことばかり繰り返しているものだから残虐に殺される哀れな存在。そんな存在にあろうことかなってしまいました。
皮膚がとろけたチーズのように身体を滑り、目玉は眼窩から零れ落ち頬のあたりでぶら下がっています。臓物が腐っていく強烈なにおいが鼻腔を通り、えづき、腐敗した体液を吐き出してしまいます。
絶え間ない激痛、吐き気、に耐えているうちに、徐々に知覚が遠のいていくのを感じました。腐敗が脳まで達したということでしょうか。体性感覚が、内臓感覚が、特殊感覚が、甘く痺れるような感覚に変わっていったのです。
さまざまな感覚が鈍化していく中で、ひとつの恐ろしい感情が湧き上がってきました。それは、新鮮なものや清潔なものに対する深い憎悪です。それは、痩せぎすで偏屈な老人が抱く若者への嫉妬です。醜悪な感情が私を染め上げ、ああ、ついに私は心までも醜く恐ろしい存在に変貌してしまいました。
幸福そうに生きる人間どもが憎たらしい。無邪気に跳ね回る子供が妬ましい。いますぐにでも白く清潔な喉仏に噛みついてやりたい。死ね。全員死ね。私と同じように死ね。
ああ! なんてことを考えているのでしょう! 死ぬべきはゾンビである私一人で十分だというのに、もはや手遅れ。全人類の死を希求してやみません。
早く、誰かを襲ってしまう前に、意識がかすかにあるうちに、自殺しなきゃ、自殺しなきゃ。死のう死のう死のう死のう。飛び降りて死のう。早く、早く、と気を急かせても私は一向に死のうとしません。口をあんぐり開けて欠伸をし、その場で呆けて動かないのです。
その瞬間、私は深く絶望しました。直感的に気づいてしまったのです、自殺するゾンビがいないように、私からもその権利が剥奪されていることを。
生きながらに死に絶え、生きる道も死ぬ道も、どちらも歩めない生ける屍、リビングデッド。
私はそうせざるを得ないように、破滅を願い、破滅を願い、覚束ない足取りで夜の街へ向かうのでした。
一人では死ねない私でもヒトを襲えば、きっと誰かが殺してくれるから。