『極彩色』

虫さんの居所が悪いので、僕は虫さんをひねり殺しました。ひねり殺したら、驚くほどの静寂。心の平穏を取り戻した僕は、お昼寝としけこもうじゃないかと、犠牲の上に成り立つ平和を惰眠で浪費して、無駄に生きて死ぬ腹積もりのようです。虫さんが草葉の陰から泣いていますよ。って、うるせえ。知るか! と、僕は目を瞑ったのですが、どうにも眠りに就けず、眼前に広がる底なしの闇を見つめ続けていたら闇に魅入られ、僕は恐怖のあまり狂ってしまいました。狂って狂って、とにかく闇がもたらす暗黒から逃れようと、頭蓋の内側で様々な色彩を無尽蔵に排泄し続け、視界をサイケデリックに染め上げ、酩酊、泥酔、僕は虹色の吐瀉物を垂れ流し、吐瀉物ってこんなに美しかったのか! 世界って、こんなに美しかったのか! これなら僕もみんなと同じように世界を愛せます! と、欣喜雀躍、頬を紅潮させ、目には涙を浮かべて、大変結構なご様子。そのまま意識が事切れ、めでたしめでたし。というわけにもいかず、僕は目を覚ましました。覚まさなきゃよかったのに、目を覚ましました。ところで一体このにおいはなんだろう? すえたにおいが部屋いっぱいに広がっております。昨日食った白飯と納豆とおかずが胃液で混交されたものが、布団にぶちまけられています。うわあ、これは吐瀉物というやつですね。洗濯をしなくちゃいけないやつですね。僕の部屋着もドロドロです。しかも、漏らしてやがります。くんくんにおいを嗅ぐと、たしかにアンモニア臭い。洗うのめんどくせえなあ、このままクリーニング屋に持っていったら怒られるだろうか? 店員の戦慄する表情を思い浮かべながら、僕はとりあえずシャワーを浴びたのですが、全然においが取れません。これじゃ、どこにも行けません。このまま一生においは取れないのだろうか? 取れないのだなあ、これは馬鹿なことをした相応の罰なのだ。神様、悔い改めますから、どうかお赦しください、お赦しくださるなら僕はなんでもします、って居もしない存在に縋って、僕は惨めだ。僕は惨めだ惨めだ惨めだ。アハハ、って、笑って流せる話じゃないでしょうに、僕は笑って、僕は笑って、笑い疲れて、少しの間、安らかに眠りました。そして起きて、決意がかたまった僕は、吐瀉物で汚れたものを風呂敷に包み、人目を忍んで夜に家を出ました。緩やかな登り坂が続く、大きな山へと至る道。僕は踏みしめるようゆっくり歩き、夜が深まった頃、暗い暗い雑木林の中に足を踏み入れました。