『ぼくだけに見える透明』

煙草を吸おうとコンビニに行くとJTが設置して回っている筒状の灰皿の上に吸い殻が山盛りになっているのを見た。絶対誰かが自動車の灰皿を無遠慮に捨てたのだろうと思うと、よくこんなことができたものだなと、怒りが沸々と込み上げてくる。

こんなの、街中に野糞をするようなものじゃないか!

とまれ、怒っても仕方がないので、ぼくが代わりに片してあげようと山盛りの吸い殻へ手をかけると、待ってましたと言わんばかりに大量の吸い殻が群れを成してコロコロ転げ落ち、周囲に散らばり、以前より環境を悪化させる結果となってしまった。

僕より前に来て煙草を吸っていた40代くらいの金髪交じりのヤンママ崩れが、死ねばいいのに、といった顔つきでぼくを見てくる。

その視線に耐えながら地べたに蹲り、物乞いのように吸い殻を拾い集めている最中、ずっと、ぼくはこんなことを考えていた。

善いとされている行動も、結果が裏目にでれば評価されないのだ。結果が全てなのだ。政治家のように、悪どい行いをしても結果が良ければ支持されるのだ。
善悪を決定づける強い腕力と要領の良さが何よりも重要で、良心や善意といった内面的なわかりづらいものは二の次なのだ。

そうか、そうか、確信したよ。世界とは実に馬鹿げたものだってな!

そうとわかれば、暴力と狡猾さで支配権を奪い合うゲームに、おくらばせながらぼくも参加させてもらうよ。ぼくも一端に他人から承認を得たいからね。

手始めに、現在の場面からぼくの名誉を挽回するには、この女を巧言令色だまくらかして人目のつかない路地に連れ込み、すぐさま殴り倒し、地に伏せさせ、くたばる女の金髪交じりの頭を鷲掴みにして、「ぼくは褒められるべき行動をしたんだ! ばかにするな! ぼくをばかにするな! ちゃんと褒めろよ!」と激昂してみよう。
そうしよう。そうしたほうがいい。そうするべきだ。

って、そんな妄言にぼくは苦笑を禁じ得ない。
そもそもお前に他人を殴り倒す腕力も言葉巧みに他人を操る話術もないだろうし、お前が全部悪いのに卑屈ぶるのはやめろよ。きもちわるい。そうやって蛆虫のように地べたを這っているのがお似合い。

あはは、その通りだねえ。他人を殴ったら被害届を出されて逮捕されるし、それが嫌なら被害届を出される前に殺すか監禁するかしかない。たとえそうしても、被害者知人からの通報は止められないだろうし、相当の制裁を受けることからは逃れられない。
暴力にうってでても何の解決にもならないんだなあ。そうなんだねえ。地べたを這うのがお似合いか! よくわかったよ。ぼくってば本当に頭が足らないんだなあ!

とすると、女を殴らず黙って吸い殻を拾い続けるぼくって実はとても偉いんじゃないか? 物事の上手いやり方をよく心得ている。ぼくがこの世界と等しい狂い方をしていたら、きっと事態は最悪の展開を迎えていただろう。ヤンママ崩れさんは感謝してくれていいよ。

といったところで妄念から目が覚め、辺りを見回すと女はもう立ち去っていた。

吸い殻拾いが終わり、綺麗になった灰皿の周りで煙草を吸った。特にもう思うところはなかった。だからこの話ももうおしまい。で、結局何が言いたいの? と聞かれてしまうと、返答に窮してしまう。

さて、何を伝えたかったのでしょう。ぼくはもっと褒められてしかるべきなのに! とか、その程度だと思います。

では、今日のところはこの辺で

『ぼくにだけ見える透明』