『暴力妄想』

自販機の前でタバコを吸っているとおばあさんが通りすがりににこやかな笑みを寄越すのだけど、どうして旧知の仲でもない竹馬の友でもないぼくに笑いかけるんだろう、ってそれは微笑めば微笑み返され和やかな雰囲気が生まれぼくもおばあさんもすこし幸せになれるからだ。ということは、おばあさんが微笑えんだのは打算で、ぼくに会釈させることを強制させたのだ。ここでもしぼくが無視したとして、ぼくの人間の劣悪さが漏れなく露呈される結末を辿るのであり、おばあさんに舐められ侮辱されるのであり、格好の嘲笑の餌食となるだろう。これは言わば暴力である。しかも、正当性のある暴力――いわゆる正義――だから一層タチが悪い。ところがどっこいしょ、聞いて驚け。ぼくは幸せになりたくない人間なんだ。正しいと思い込んでいるその行為は、ぼくにとって全然正しくなんかない。そうとも知らずに幸せな雰囲気作りをする自分が正しいと確信し躊躇なく暴力を振るうおばあさんは、許されざる悪だ。と、通りすがりににこやかにな笑みを浮かべただけのおばあさんを悪と断定し非難を浴びせてしまう自分の愚かな感受性、人間的最悪さを再確認し、ぼくは独り自己嫌悪とそれに伴う自己憐憫の悦に入りながら家に戻った。