『欠点』

    今日も今日とて自己嫌悪、と行きたいところなんですが、最近の僕の思考停止具合といったらもう嫌になるくらいで、だって思考を続ければ不愉快になるんだもん、ってバターケーキみたいな安っぽい甘ったるい台詞を吐いて、酒ばかりを飲んでいる始末。これじゃあ、やってられんよ。お前を不愉快にしたのはお前の過去なのだよ。駄目人間の自覚があるのなら積極的に自分の欠点を洗い出し、猛省し、修正を重ねていかねば社会で生き残れんよ。と思いまして、今日の内容は「自分の欠点」です。つっても、よくよく考えても、自分の欠点なんて見当たらないんですが(笑) ということは真人間だったのか僕は、と言うつもりは全くなく、きっと反省すべき過去を思い出せてないだけなんですよね、僕、頭が悪くなったんですかね、えへへ、えへへ、つって、頭を木魚のようにポンポコ叩いていると、脳の思考や社会性を司る部分、前頭前野って言うらしいんですけど、そこがエラーを吐いちゃって、僕が飼っている、十年来の付き合いの、ひと撫でしてやっただけでいつまでも擦り寄ってくる、小さくて可愛い僕の愛犬の、愛犬の首を、両手で強く絞め上げてしまいました。家族が悲鳴をあげて駆け寄る最中、僕はストローのように細い愛犬の喉から水道管が壊れるような音がしたのを聞き漏らしませんでした。って、内容がトチ狂ってきていますよ。そもそも僕は犬を飼っていません。これは僕の悪い癖です。問題に直面すると、すぐ妄想の世界に逃げ込んでしまう。そこで僕は非道いことを行い、現実問題の矮小化を図ろうとしてしまう。ウスズくん、意味不明なことは辞めましょう。はい、辞めます。ごめんなさい。


 閑話休題。って今日のお題は何でしたっけ。あ、「自分の欠点」でしたね。いやぁ、皆さんは自分の駄目なところ、反省すべき部分、というのは思い当たりますか。僕はありますよ。いや、さっきは無いとか言っちゃいましたが、あれは嘘でした。実を言うと、つい今朝方、学校の始業時間に遅れてしまいました。遅刻ってやつですね。僕は結構な頻度でしちゃいます。何故遅れるのかというと、これがおかしな話なんですが、特別寝坊したとか体調が優れなかったとかではないんですよ。ボーっとしていたらいつの間にか4分5分と過ぎていて、気付いた頃には、急いで行っても始業時間に間に合わない時間になっている。講師によっては遅刻理由を問い質され、まさか、「呆けていたから」などと、ナマケモノも木から落ちるほどの吃驚な台詞を言えるはずもなく、しどろもどろに「体調が優れなくて…」「忘れ物を取りに戻っていて…」と乳の匂いがむせ返るくらいガキ臭い台詞を吐かされる。直さなくちゃなあ、とは思うものの、ボーっとしている間は思考が途絶したみたいな感じで、意思ではどうにも介入しようがないってのが実情なんです。つーか、直す気がないだけだろお前。はい、そうです。すみませんでした。


 あのですね、多分皆さんもそうだと思うんですけど、自分の欠点を探すうちはまだ気が楽で、アレが悪いコレも悪いと簡単に見つけ出し、嫌だわぁワタシ、最低よね、あはは、と悦に入ることすらできます。しかし、いざ直そうとすると、何年にも渡って染み付いた悪癖を取り除くには大変な努力が必要で、最初はいいかもしんないけど、じきに疲れが溜まって、いい加減な感じで、ひょい、と投げ捨ててしまうかもしれません。徒労に終わるけどこれ以上続けるのはいいや、と思って諦めた経験ないですか? これまでなんだかんだ生活できていたんだからこれからもなんとかなる、という経験に裏打ちされた悪魔の囁きに耐えられる人がどれだけいるか、って話です。つまり、僕らは自分の欠点を直そうとしたり直そうとしなかったり、自分の欠点を憎む反面、どこか愛している節がある、と僕は言いたいのです。違うなら違うで構いません。その人は本当の意味で自己を嫌悪し、自己を肯定できる方なんだと思います。僕は自分を憎みきれず、愛しきれず、どっちつかずで中途半端で責任感がなく、愛していたはずの部分を憎み、憎んでいたはずの部分を愛し、勘違いに勘違いを重ねた挙句、どうでもよくなって放り投げてしまう甲斐性なしのくせに、それでも胸を張って生きていきたいと願ってしまう、自分でも笑っちゃうくらい変な存在なんです。だから、自分の欠点に対して、時には改善するよう頑張ったり、時には「まあ、いっか」と受け入れてみたり、一進一退で結局なんにもならないかもしれないけど、それでもいいかなあ、と思うのです。


 さて、僕の地域では、すっかり日も暮れ、家々に灯がともる時間帯となりました。ちゃちゃっと書いて終わるつもりだったのに結局2時間くらいかかってしまいました、あはは。まあ、いいか。書くのは結構楽しいです。推敲してないからなんですけど(笑) はあ、酒飲んで寝ます。おやすみなさい。明日は遅刻しないといいなあ。できれば。

『レイトショー』


眠ってしまっていたようだ。
首筋が軋むのを感じながら顔を上げると、煌々と輝くスクリーンが、暗い場所で椅子に縛られた女性が黒ずくめの男に銃を突きつけられているシーンを映していた。あれ、確か、眠りに就く前もこの女性は椅子に縛り付けられ、泣き喚き、男に命乞いをしていた気がする。ということは、眠ってからそれほど時間は経っていないということだろうか。今では、金色のブロンド髪が乱れ、涙が枯れ、擦り切れてしまった声で小さく「殺してください」と連呼するようになっていたが。
ま、それならよかった。高い金を払っておいて上映早々寝過ごしてしまいました、では、あまりにもやりきれない。凝り固まった両肩を回してから、ドリンクホルダーに手を伸ばし、やけに値段が高い割に氷ばかりのコーラを掴むと、ぬるくなっていることがわかった。どうやら氷が残らず溶けてしまっているらしい。口に含むと、炭酸が抜けてい、薄くなった味と相まってとても飲めたものではなかった。まだ映画が始まってから20分と経っていないはずなのに。
コーラをドリンクホルダーにつっ返し、僕は隣に座る彼女に声をかけようか迷い、結局やめた。彼女は食い入るようにスクリーンを見ている。
そもそも映画館くんだりまで足を運んだのは、彼女の誘いがあったからだ。彼女はサイコスリラーというジャンルのマニアで、今回の映画はその筋で有名な監督がメガホンを取っているらしい。彼女曰く、「人を狂わすことに関して天才的な監督」だそうだ。そう宣伝されたら僕としては黙っちゃいられない。話を聞いたその日のうち―つまり今日―、彼女を引き連れ映画鑑賞と相成ったというわけだ。
地方の寂れた映画館だからチケットは簡単に取れた。おまけにレイトショーの時間帯ともあれば、鑑賞者はまばら。僕たちのようなカップルが2,3組と一人客が5人前後といった次第だ。空席の方が目立つ。僕たちは呑気にドリンクとホットドッグを買ってから、特段並ぶこともなく指定席へ座った。
買ってきたホットドックは冗長な案内と近日公開の映画予告を眺めているうちに食べ終わってしまった。そして、そういえば小腹を満たした僕は、快適な空調と照明が適度に落とされた睡眠には絶好の環境で、上映前には眠っていたはずだ。少し眠るから始まったら教えてほしい、と、彼女に言付けていた記憶がある。あれ、記憶の辻褄が合わない。
ホットドックの食べ滓が歯に挟まっている。僕は一度気にしてしまうと意地でも除去せねば気が済まない性分なのだけれど、こういうのって、いくら躍起になろうが取れないものだよね。今回の場合も例によって取れないので、気を紛らわすため、映画に集中するよう努めた。
映画では、女性が眼前の何かを見続けることを男に強制されているようだ。その綺麗に整った顔面が青白い光を照り返していた。何を見せられているのか、カメラワークはそれを巧妙に隠している。女性はそれを見る都度、絶望を顔に浮かべ、泣き言を漏らしている。しかし、この映画はいつまでこのカットを垂れ流すつもりなのだろう。
「なあ、始まる前に起こせと言わなかったか」
彼女の方へ少し身体を傾け小声で尋ねた。
「え、起こしたはずだけど」
僕の方を見向きもせずに彼女は言う。
ということは、起きた直後にもう一度眠ってしまったということだろうか。実感がわかない。
「つーかさ、この映画そんなに面白い? 見たところ延々と女性が椅子に縛り付けられているようだけど・・・ しかも画面のトーンが赤みを帯びたり青みを帯びたり、今は緑っぽいね。これってわざとなの?」
「ん? 全然変わってないよ? 急にどうしたの? 大丈夫?」
相変わらず彼女は僕を見ない。心配している素振りは見せるが、なんとなく声が棒読みだ。
まあ、彼女にとっては面白いのだろうな。鑑賞の邪魔をするな、という意思がひしひしと伝わる。
「気分が悪いかもしれない。トイレに行ってくる」と言い残して僕は席を立った。
にしても眩暈がひどい。久々に外出したせいだ。振り出した脚の着地点が安定しない。頭の奥底で頭痛が静かに鳴っている。人を狂わす監督だと彼女は言っていたけれど、そのせいだとしたらあまりにも馬鹿げている。
ふらつく足取りでトイレに向かい、入ってすぐにある洗面台に両手をつき、がっくり項垂れてみる。そして上目遣いでその姿を見やる。鏡に映る自分の姿は不思議だ。自分が思っている自分とは少し離れたものを感じるのは僕だけだろうか。手入れを怠った肌がシミを作っている。目もとにはうっすらと隈が浮かんでいる。目を凝らさずとも数本の白髪が確認できる。端的に感想を述べると、僕はこんなにも老いてしまっていただろうか。自分はまだまだ若者の部類だと思っていた。しかし、正しいのは鏡に写る自分の姿だ。僕は深く瞑目して、かぶりを振ってからトイレを出た。
もう歯に挟まった食べ滓は気にならなくなっていた。意識の俎上に載りはしたが、先程までの嫌悪感はもうなくなっていた。
そのままロビーにあるソファで時間を潰してもよかったが、誘われて来た以上彼女に申し訳ない気がして、結局戻ることに決めた。
重い扉をほんの少し開け、身体を滑らせるように暗室に入る。スクリーンはいまだに女性が拘束されている様を映し出している。先刻との相違点は一つ。彼女が笑っているところだ。それも凄惨に。
キャハハ、キャハハハハ
さすがに異常な光景だ。正視に耐えられない。これを見て、鑑賞者は何を面白がればいいのか理解に苦しむ。現に、鑑賞者の数人が席を立ち映画館を後にしようとしている。すれ違う人々の顔は皆一様に困惑の表情を浮かべている。
「みんな帰ってるみたいだよ。僕たちもこんな映画からさっさとおさらばしよう。これのいったい何が面白いっていうんだ。さ、帰り際に飯でも食って仕切り直しといこう? ね?」
僕は席に着くなり捲し立てるように話しかけた。他人の迷惑を顧みる余裕はすでになかった。焦りと怒りで、握った掌に汗が滲んだ。
彼女は答えない。面倒そうにチラリと視線をこちらへ向けただけだ。
「理解してやれないけど、君が面白いって言うなら観ているがいいさ。とにかく、僕は席を立たせてもらうからね」
もう限界だった。笑いが館内を反響し回って、ただでさえ痛む頭が余計に苛まれる。
女性は間断なく笑い続けているせいで喉が擦り切れ、口の端のあぶくが赤く染まっている。瞳孔は開かれ、像を結ぶことを放棄しているようだ。
「・・・外に出たって何にもないよ」
ぽつぽつと、独り言の間合いで、彼女は呟く。
「あるのは、際限なく広がる真っ暗闇だけ。だから、外に出たって意味ないの。」
僕は、困惑せざるを得ない。彼女の言っている言葉の意味がわからない。まるで、自分が、発狂していることに自覚がない異常者のように思えた。目の前の女性のように叫んでしまいたいのを隠し、扉へ駆けた。そして開ける。真っ暗闇。閉める。開ける。真っ暗闇。あるはずの廊下が黒一緒くたで塗りたくられている。嫌だ。こんなはずはない。扉の取っ手を握りしめ、恐る恐る外へ一歩踏み出す。足底に確かな感触が広がる。体重を傾けても踏み抜くことはなさそうだ。どうやら、地面らしきものはあるらしい。しかし、次の一歩が、どうしても踏み出せない。身体を闇へ完全に預けてしまうことになるから、駄目だ、できない。僕は心細くなってしまい、身を引いてしまった。早鐘を打つ心臓が痛い。頭が煮え立っているのに、血の気が引いている感じ。
僕は、彼女のもとへ戻らないわけにはいかなかった。彼女はこの異常事態について何か知っているはずだ。扉を閉ざし、振り返ると、他の鑑賞者が彼女も含めて一人残らず消えていることに気付いた。誰もいない。誰も、いない。スクリーンの女性は、露骨にうろたえる僕を見て笑っているようだ。いや、最初から、僕を見て恐怖し、笑っていたのだ、そうに違いない。発狂している。僕は直感し、頭を抱えた。発狂している、僕ではなく、この世界が。
ひとまず、席へ戻ることに決めた。理由はない。どこへも行き場がないからそうした。なにか手掛かりでもあればと思うが、土台無理な話だろう。座席の真横へ着くと、彼女の座っていたはずの席に小さな人形が鎮座していた。布生地に綿を詰めた、ボタンが目玉の、よくある人形。オレンジ色の毛糸の髪はドレッドヘアみたいだ。あはは、愛しい彼女は人形に変わっていたのでした。もう大した驚きもない。というか、待てよ。僕に彼女なんてあったか? 誰かと恋仲に発展した記憶は少しもないのだけど。思い返そうとしても、彼女と過ごした日々の出来事をあげつらえない自分に気付いた。僕は人形を、両手で悠々抱えられる程度の人形を、彼女と思い込み、愛していたのか。自分自身に寒気がする。
床が濡れている。そこから甘ったるい匂いが立ちのぼり、鼻腔を掠めた。ドリンクホルダーからコーラを取り上げると、コップの底が破れていた。紙でできているからにしても耐久性がなさすぎる。長い時間放置されたかのようだ。眠りに就いてから目覚めるまで、それほど時間が経っていないと僕は判断してしまったが、今思えば、映画のシーンを基にそう判断していたのだったな。あれは、誤りだったか。ご存じの通り、この映画は狂っているからアテにならない。ということは、永い眠りについていたらしいな。その割に身体はピンピンだけど。まあ、この世界も狂っているからな。飲み物だけ劣化の進むスピードが早い可能性だってある。それ、正気で言っているの? そっか、僕も狂っているのだったな。彼女の存在が妄想の産物だった僕も。僕も。僕は狂っているからな僕も。映画の主人公ならば、強靭な精神でこのミステリーを見事解決させようとするかもしれないけど、僕はもうどうでもよくなってしまったよ。

「意志」というのは、決して覆らぬ事実を前提に発露されるものだと思います。未来に算段を付けられるのは、現実を信じているからです。何も信じられなくなってしまったのなら、考えることを辞め、目の前の出来事をただ受け入れていくしかないのです。

僕は仕方なく席に座り(席というのは座るものなんだろ?)、どうでもいいけど前を見据え(鑑賞というのは目で追うものなんだろ?)、なにも面白くないけど泣いたり笑ったりすることに決めた(映画というのは泣いたり笑ったりするものなんだろ?)、映画が終わるまでずっと(終わりあるものなんだろ? 別に違ってもいいよ。そのときは永劫観続けるだけだから)。とまで考え、僕は心の底から爆笑した。
どんな問題も気にしなければ全て解決するのだ。

『死んだら負け』

 死んだら負けらしいけど、実際その通りだと思うよ。生きて、生きてこそ働き金を稼ぎ美味い飯を食い高級な服飾を身に纏い女を侍らせ鼻の下を伸ばすことができるのであって、それが人生の最大目的とされている現代においては、帰結的に死は敗北なのだ。キミ、死ぬなんて冗談でも言っちゃいけないよ。苦しい思いをしないため人生最大の目的を放棄するなんて本末転倒にもほどがある、バカじゃねえの。さらに言うなら、死ぬのは他人からしても迷惑極まりない行為であって、たとえ誰にも迷惑をかけない死に方で死んだとしても、死ぬこと自体が迷惑。だって、みんな金を稼ぐことに必死、必死なのだから、キミが生きて生産・消費活動をしてくれないと、みんなの懐が暖まらないじゃないか、貧しい思いを強いられるじゃないか、キミに死なれるととても困ったことになってしまうよ。マザー・テレサも「貧乏が一番の不幸だ」的なことを言っていたよ。キミの勝手な行動が他人を不幸のどん底に叩き落とすのだ。ちなみに、先ほどのマザー・テレサの格言を解釈しなおすと「奴隷の分際で勝手に死んでんじゃねえぞ。身の程を知りたまえ」
    つーか、他人の事情なんか知ったことじゃない? よろしい、よろしい、ならば自殺する理由を教えてくれないか、どうせ、もう死ぬのだから最期に教えてくれたって構わないだろう? 親に虐待を受けている? 友達からのいじめが深刻? 上司のパワハラに耐えられない? 抱えている精神疾患のせいで生きづらい? あはは、あはは、そんな理由で死にたいんだ。死にたいと願ったのは自分自身だろうけど、それほとんど他殺みたいなものだよね。どの口が「他人の事情なんか知ったことじゃない」と言えるんだか、ばりばり影響されやがって。本心からそう思える人間は「死にたい」なんか口走る前に死んでいるだろうよ、あるいは平然と生きているだろうよ。弱虫どもが妙に強がりやがって、家族から教師から上司から叱責を受けたら人一倍落ち込むくせに。
    というか、実際のところ、「死にたい」とは言ってみるものの、本当に死にたくはないんだろうね。「死にたい」と口にさえすれば、可哀想な感じを演出できて、誰かが助けてくれるかもしれない、あるいは自己憐憫に浸れるかもしれない、きっとそれだけなんだろう。だから「死んだら負け」的な発言に噛みついてしまうのだ。可哀想な自分に酔っているところに水を差されたら、真剣に考えないための頑張らないための最後の言い訳を封じられたら、誰だって不快だよね。だからと言って、自分らを正当化して奴らを攻撃するのはやめようぜ。正しいのは、正しいとされているのは、奴らの方なのだから、奴らのバックには資本主義様が鎮座しておられるのだから、キミらは黙るしかない。ぎゃんぎゃん喚き立てたところで無意味。敗北は決定しているのさ。実を言うと、「死んだら負け」というのは部分的に間違っている。「死んでも負け」と言うのが正しい。キミらは死ぬ前から負けているんだ。
    余談だが、死のうが死ぬまいが負けてしまうのなら、何を以ってすれば勝利できると思う? 答えは簡単だよ。勝者を殺せばいい。そびえ立つ高層ビルを破壊し尽くせばいい。テロルでもって革命を成せばいい。よくよく考えれば当然のことで、「死んだら負け」なのだとしたら「殺したら勝ち」になるだろう。勝ちたいなら、殺せ。

『不可説不可説転抄』

    記憶ごちゃごちゃ、視界ちかちか、身体の輪郭がぼやけ、地上と接点をなくし、僕は宙ぶらりんのふわふわだけれど、胸のあたりから重たい錨が垂れ下がっていて、心だけ地べたを這いつくばって離れない。

 

    試しに体温を測ってみたら、38度6分。ずっと気分悪かったが、なんだ熱か。どうしようもない悲劇かと思ってた。悲劇ならロマンチックに死んでやれたのに、単なる病熱ならロマンの欠片もないじゃないか。普通に病院行って、普通に診察受けて、普通にお薬貰うだけだった。普通普通普通のことだった。この程度に悲劇性を見出すほど自惚れてないぞ。凡人で終える人生を、僕は受け入れている。大人になったのだ。数え切れないほどの人生、その中の一つの物語。わかっている。けれど、そう考えると、気持ちがくさくさしてしまう僕は、八つ当たりの感情で救急車を呼んでしまいましたとさ。なんだ、全然受け入れてないじゃないか。呆れるなあ。

「アラアラ、このお坊ちゃんは他人を便利な道具程度と見倣しているのでしょうか。貧しい人間性ですこと」

    どこからか声も聞こえる。

    あはは、まあいいや。可哀想な自分を赦してあげられるのは自分しかいないのだから赦してあげよっと。それにしても「死んでしまいそうなんです」と弱々しく告げたとき、電話口から固唾を呑む音が聞こえて笑えたなあ。

 

(ふざけた僕を蛍光灯が暖かみのない光で見下します)

 

    昼間だってのにカーテンで自然光を遮り人工灯に頼りやがって、なんて不経済な奴だ、と言わんばかりの光でピカピカしてきます。      あれあれ、こうして見ると、なんだか僕のお母さんみたーい。僕にうんざりしてるくせに目を背けようとしないところがそっくり。ピカピカ輝いて己の機能を全うしているよ、あれは。なんて正しい奴なのだろう。僕の正しくなさをはっきりと照らしてみせてる。

    情けなくなった僕は、電気を消そうと立ち上がると頭の血が全部下に落っこちて膝から崩れ落ちてしまいました。

 

(ため息が聞こえます)

 

    いやいや、まだですよ。僕を見くびるには、ちと早いです。もう一度踏ん張って、全身全霊の力で、間断ない意志力で立ち上がってみせようぞ、と床を撥ねても、重力に抵抗できずにずるずると寝そべってしまいます。

 

(ため息が聞こえます)

 

   やっぱり駄目でした。だからもうため息はやめてください。僕を見ないでください。僕がとことん不愉快なのはわかっていますから、それなら無視してくれたっていいじゃないですか。不愉快な僕に構わず幸せに生きてください。迷惑はもうかけたくないんです。はやく死なせてください。死にたくて、死にたくて、体が引き裂かれそうな思いで、死ばかり考え、苦しくて、苦しくて、あ、やっぱり死にたくはないです。死ぬなんて馬鹿馬鹿しい。死ぬことを考える僕は一介の文豪みたいでカッチョいいなぁ(笑)、悲劇のヒロインみたいでかわいいなぁ(笑)、お前が抱える悩乱の卑しさに吐き気がしてくるよ、と、内面に向かうナルシシズムを冷ややかに批判する自分もいるわけで、いっそ希死念慮だけ抱いて延々と泣いていれば楽なのに、僕はどうかしているのでしょうか。
    わはは、そうだった、そうだった、僕はどうかしているのだった、わはは、ウジウジ悩んでんじゃねーぞバカの分際で、と笑い飛ばしてもしっくりきません。
    僕は悲観したいのだろうか、楽観したいのだろうか、幸せを願っているのだろうか、何も願っていないのだろうか、他人は僕をわかりやすい人間だというけど、僕は全く自分をわかってやれません。

 

(蛍光灯は、泣き笑いを繰り返す支離滅裂な僕の一部始終を、その三白眼で余すところなく見つめています)

 

    それで何かわかりましたか?

 

 

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    遠くで救急車のサイレンが鳴っている。あれはきっと僕を迎えに来たものだろう。でも嫌だなあ。救われたくねえなあ。アハハ。自分で呼んだくせにおかしなこと言うね。けどさ、いま、やっとロマンチックな気分で死ねそうなんだ。

 

    数え切れないほどの人生、その中の一つの物語。

『ラビッドファイア』

 平然を装って電車に揺られているけれど、僕の身体には、ずっとどす黒い感情が渦巻いている。
    脚を組み替えたり、首を回したりするたびに、チラリと近くにいる同乗者の様子を伺う。
    前方には、眼鏡をかけたスーツ姿のサラリーマンが膝にパソコンを抱え、キータッチに励んでいる。表情は重く沈み、生気を感じさせない。その姿は整い過ぎていて、アンドロイドのようだ。不規則なリズムで訪れる瞬きだけが、肉体に生きている感じを与えている。
    右隣には、しゃがれた老婆。続けざまに見たせいか、その老婆も死んでいる風に見える。老婆は、極端な前傾姿勢で両膝に両肘をつき、祈るように手を組んでから顎を載せている。両の眼は決して開かれることなく、瞼には何重もの皺が刻まれている。老婆はその姿勢を崩さず、僅かばかりも動かない。電車の揺れ動くに合わせて身体を弾ませている。これは、まあ、ある程度の筋活動があるから為せる技なのであって、老婆もまた生きてはいるのだろうが。眼の前にいる人間の生死を疑う僕は、全く現実に即していない。

    少し離れたところでは、女子高生の二人組が談笑している。夏休みなのに制服を着ているということは、夏期講習だろうか。お疲れ様です。

 電車に揺られること十数分。各駅で停車するたび乗車客の方が多く、電車の中が混雑し始めた。制服やジャージに身を包んだ高校生、半袖短パンで肌がこんがり焼けた中年、子供を引き連れる若い女、見ず知らずの人間たちが車内で一堂に会する。お互いの人生に何も影響することはないだろうけど、そこには確実に縁が存在していて、僕たちは必然的に出会った。こう考えるとなんだか不思議。何故なのかうまく言い表せないけど、ふわふわと浮ついた様な、夢心地、そんな気分。朝の日差しは優しくて空気が暖かい。開けた窓から入ってくる風が気持ちいい。少し眠ろうか。イヤホンはずっと「day dream believer」を繰り返している。

 

 夢の中なのか疑うほどのリアリティ。僕は現実と寸分違わぬ夢を見ていた。ここは、先ほどまでいた電車の中。登場人物も同じ。前方にサラリーマンが居て、側方に老婆が眠っていて、遠くから聞こえる女子高生の笑声。あとから乗車した客も皆一様に同じ。唯一、現実と異なっているのは、僕自身。精巧に創られた箱庭で、僕にだけリアリティがない。ゲームの画面を見ているみたいに風景が遠く離れて見え、その感覚が、この世界が夢であることを僕に確信させた。精神が昂揚しているのを感じる。脚をもう一度組み替えようと意識すると、少しラグがあってからゆったりと実行される。単純酩酊、と言ってしまって良い。視界がぼやけ、ふらふらと立ち上がった僕は、ニヤニヤ笑っている。僕ってば気持ち悪いなあ、と思っていても破顔を抑えられず、抑えようと意識する程笑いがこみあげてくる。ヒヒヒ、ヒヒヒ、サラリーマンが手を止めて怪訝な目で僕を見やがる。うぜえなあ。あはは。ついには、笑い声が電車内に響き渡るほど大きくなって、全員から怪訝な目を向けられるようになってしまった。やめなくちゃ、僕はキチガイではないのだから平静を保たなくては。でも、まあ、僕はキチガイだったか。最近ではマトモに暮らせていて、どうも忘れてしまっていたらしい。笑えるのなら、どうか笑い者にしてくれ。って、あれれ、隣のばあさんはまだ死んだふりをしてやがるぞ。こんなときにどうでもよいことに気がついてしまう。こんなに僕が叫んでいるのに、おばあさんは知らん振りを決め込んでやがる。って、僕は場違いに激昂。おいコラ反応しやがれ、と僕はおばあさんを殴り飛ばしてしまいました。倒れたおばあさんに馬乗りになって、右に左に平手打ち。オラ、起きろババア、殺すぞ。僕は何を言っているのだろう、頭がおかしくなってしまったのですか? でも、すごい爽快感なんだよね。この異常事態に車内は騒然、多くの人が対応に困って遠巻きに眺めている。僕は殴るにも疲れてしまって、これで最後だ、と大きく腕を振り上げ、振り下ろそうとする直前誰かに腕を掴まれてしまった。僕の細腕はたいした抵抗もできないまま床に押し付けられ、今度は僕がマウントを取られる番。うぐうう、うがああ、とか品性の欠片もないうめき声をあげて必死に抵抗するけれど、太い腕は決して僕を逃さない。うつ伏せにされて腕を締め上げられ、もう降参。身体から一切の力を抜き、頬を床に擦り付けた。もう降参です。それに合わせて僕を組み伏せた力は緩まった。この正義感溢れる男は、どうやら後から乗車した客の一人のようで、こんがり焼けた肌は先ほどみたものと同じだ。一番近くの、僕を止めるには絶好の距離に居たサラリーマンは、何故かパソコンのディスプレイを凝視したまま微動だにしない。目の前にこんなに面白いものが転がっているのに、見ようともしないのは何故なのだろう。おっさんの「どうしてなんだ、頭がおかしいのか」という怒りと恐怖の言葉を聞き流しながら、女子供のヒステリックな叫びを無視しながら、僕の挑戦はここで潰えたこと、敗北してしまったことに思いを馳せた。
    こんなこと、本当はしなかったほうが良かったんでしょうね。でも、最後に自分の好きに振舞えてよかったと思います。僕は、今までずっと、いまこの網膜に焼きつく、「GAME OVER」の表示が見たかったのですから。悔いはありません。僕は僕自身の力で、この狂人の人生に片をつけてやれたのですから、個人的には上出来なくらいです。一人、尊い命が犠牲になってしまったかもしれませんが、半分死んでいるようなババアなので問題ないでしょう。みなさん、僕のような狂人が生まれてきてしまってすみませんでした。ですが、ついに化けの皮を剥がしてやることに成功しましたよ。僕は、ようやく迷いなく死ねます。気分はすっかり晴れました。車窓から眺めた夏空のように澄み切っています。と、晴れやかな気持ちで、最後に女子高生のパンツでも眺めてやろうと、這いつくばった姿勢から顔を上げました。そこに広がるのは、徹底的な、絶対的な、公平さが、正しさが支配する、僕の大嫌いな現実でした。僕はほとんど瞬間的に床に頭を打ち付けていました。僕は、この正しすぎる現実をほんのちょっと歪ませたかっただけなのかもしれないなあ。結局それは叶わなかったです。真正面からぶつかって歪んでしまったのは、僕のほうでした。

 

 後から聞かされたことは2つ、僕が夢だと言い張るのはやはり現実であったこと、僕はこの病棟で一生を過ごさねばならないこと。

『愛のうた』

パトカーに乗せられる夢をみる。無限の時間を突きつけられる。無何有郷の牢獄に収監される。人を殺した、人を殺した、と嘯くと皆に嫌な顔をされる。社会から隔絶され、野垂れ死ぬ自分を俯瞰する。待ってましたと野犬が這いより、四肢を食いちぎられ、臓物を掻き混ぜられながらアナタは死ぬことばかり考えているの? 死ぬなんて言っちゃダメ、ワタシだけはアナタの味方よ、どんなアナタでも愛してあげる、と囁いた天使は、手術により奇跡的に一命を取り留めた僕を見て、ちぐはぐに継ぎ接ぎされた身体を見て、どうやら逃げ出しちゃったみたい。嫌われちゃったかなあって沈んだ気持ちを認めたくなくて、そんな現実を受け入れられなくて君を探して歩き、世界を旅していると、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』を倣っているようで、あの哀れな怪物に自分を重ねると心がフッと楽になった。この胸に灯る思いこそが愛なのだよね、って君に問うたら微笑んで、微笑んで頷いてくれるかなあ。君に出会えたら全てを許して、君も僕を許して、少し歪んでしまった僕らの関係だけど、また手を繋いで歩ける気がするんだ。まあ、『フランケンシュタイン』で再会を果たした怪物は、創造主であるヴィクター博士に存在を否定され拒絶され根底から希望を剥奪されてしまうのだから、きっと僕も拒絶されてしまうのだろうね。継ぎ接ぎだものね。怪物だものね。それでも会いたいと願ってしまうのは何故なのだろう。破滅願望がそうさせるのか。そうなんだろうな、そうなんだろうなと、叶わぬ愛を歌って過ごしている。君を探して。

『ある晩のできごと』

 くだらぬ生き方のようですが、これは僕が望んだことであり、だから受け入れるしかないのです。

 

 人生の大先輩であられるところの我が保護者様は、「もったいない、いつか後悔するぞ」と無為に生きる僕に有難いご高説をのたまい勝手に感情移入してくれるのだが、僕としちゃあんまり面白くないものだから、「へーっ」てな感じで会話を早々に切り上げようとする。そんな態度に保護者様はため息、ってどうでもいい、どうでもよすぎる文章だよなあ。こんなことを書きたいわけじゃないんだ。

 

 近頃、自分から沸き起こる感情に整理がつかなくなってきた。ひどく冷めた気分なのに落ち着かない感じがして、深夜をうろうろ徘徊していたりする。何かを探すわけでもなく、アテがあるわけでもなく、ウロウロ、ウロウロ。うわぁ僕は何をやっているんだろう、こんな無益なことを一生続けながら死んでいくのかって、突然の物哀しさに襲われ、それなら次通りかかった自動車に轢かれてしまおうと、さっさと人生終わらせてしまおうと、衝動的に車道へ飛び出してみたりもする。

    結局、すんでのところでへたれ込み死ぬには至らなかったが、いま死のうとしていたのか、他人様に迷惑をかける方法で死のうとしていたのか、と滂沱の涙を流す姿を通行人に晒してしまった。とても正常と言えない精神になってしまった。情けないな。生き恥とはまさに僕のことではないか。

    ひとしきり泣き終わると落ち着きを取り戻した僕は、惨めを抱えて帰路を辿り、その間ずっと自戒自戒自戒の文言を唱え続けたとさ。

 

ぼくはだめなにんげんです

それを披歴してはなりません。

ぼくはしんだほうがましなにんげんです

それを吹聴してはなりません。

ぼくはいきるかちがないにんげんです

それを露見させてはなりません。

 

めでたしめでたし