架空日記

祖母の1日は、ニュース番組やドキュメンタリーに釘付けとなって、恐ろしい事件や事故の報道に涙を流すところから始まる。そして、現実が如何に悲惨かを語るのが、唯一孫と面と向かって話す夕飯時のお決まりだった。

 

ここ数日の話題は、どっかの住宅に自衛隊のヘリが墜落した事件と三沢市に最新の軍用ヘリが整備されることで、今日もまた、まるで初めて話すかのような調子で同じ話をした。

「住宅街にヘリが墜ちたの知ってる? あなたはニュースなんて見ないだろうから知らないだろうけど、ヘリが墜ちたんだよ。怖いねえ・・・死人も出たらしいよ。ウチにもヘリが墜ちてきたらどうしよう。ほら、三沢に新しくヘリが来るでしょ? あれが墜ちてきたらと思うと胸が締められる気分だわ。不安で眠れない。どうしよう」

 

初めから答えのない質問に聞き手である孫は―――現在大学生なんだが、これがまたのーたりんのどうしようもない愚図であるために、最適解から最も遠いであろう“正論でねじ伏せる”作戦にかってでてしまうのだった。彼の尊厳のため付け加えておくが、いつもの彼なら間違いなく祖母の話を適当に聞き流していたことだろう。ばかりか、気休めの浮わついた言葉で慰めていたに違いない。しかし、今日の彼は少し気が立っていた。徹夜でロールプレイングゲームに臨み、ろくに眠れていなかったからだ。そんな些細な理由で、孫は自分の祖母に対して暴力にも等しい論理を展開するのだった。

 

「どうしよう、ってどうしようもないと思う。ヘリが墜ちることは誰にも予測できなかったわけだし。点検さえ怠っていなければとか、“たられば”の話にも意味はないよ。過去は変えられない。そして、未来も変えられない。今回の事故を教訓に、注意深く点検するようになったところで、墜落する可能性がなくなるわけでないし、未来は誰にもわからないことだしね。この世界は運命に逆らえないようできてるんだよ。起こってしまったことは受け入れるしかないんだよ。なら、あえて怖がる必要はあるのかな? 最悪な結果が待っていたとしても、どうすることもできないのなら、せめて楽しく、結果が訪れるまでの時間は、せめて楽しく生きようよ。人生のクソ理不尽さにひれ伏して、時にはお互い薄ら笑い浮かべながら、それを肯定しあって生きていくべきなんだよ。恐怖なんてやめた方がいいよ。どうしようもないんだから」

 

祖母は相変わらずTVを見つめながら「そうなのかい? そうなのかもしれないねえ・・・」と言うに留まった。孫は勝ち誇った顔でコップに注がれたお茶を飲み干し、茶碗を台所へ下げると、2階の自室へ戻った。人生への敗北を宣言し、隷属することを高らかに誓ったこの男は、ベッドに潜ると瞬く間に眠った。